作品について小話🎨 どこかに通じる扉🚪

今や遠い土地に暮らす友人にも連絡を取ることのできる時代ですが、実体は一瞬で移動することはできません…。

黄色い蝶々を探して

2020年
F100(1620mm×1303mm)
キャンバス、油彩

(この作品は在学時に描いた、私にとっては久々の色彩を使った作品であったと思います…。草!って感じの緑が緑すぎて空!って感じの水色なんか使っちゃっている…。技術、表現etcは反省するとして、…⬇︎)

この作品を描いた頃考えていたことが、ここではないどこかに繋がる枠の存在のようなもの、のことでした。絵画は窓で…と言われることもあるのではないかと思いますが…パソコンの画面も手にあるスマートフォンの画面も、その外側とは全く異なる画面を見せてくれています。

ここの世界で見えなくなったものは他の世界に移動してしまっただけであって、存在そのものは消えはしない…。(日本独特?の、)死んでも魂は存在していて、どこか他の世界ではその姿を見ることができる世界があるのではないか…というような。(いわゆるペットロスになった方々…この考えで、ワンニャンはニューワールドに先にお散歩行ってるだけだと思って頑張りましょう…ちゃんとここの世界で人間頑張って生き抜いたら虹の橋の途中でまだ待っててくれているはずです…と言い聞かせる…)

ストーリー?は(私は本当は自分では一言も言わずに、鑑賞者に勝手に自由に想像してほしい派なのですが…)画面中央の床にある扉?(青い部分)の世界から仲間を探しにやってきた猫(一応猫ということに。犬でもなんでもいいのですけど)が、仲間と再開する…という感じです。再開したその仲間はすでに眠っていて緑の中に同一化して(自然にかえって、的意味かしら…)います。探しにやってきた猫も緑猫に。…

(この絵は絵の具の内容なども大失敗してひび割れとかしてしまっているので、今度同じテーマで描き直したいと思います…)探して、見つけた時には自分も探していた存在と同じような状態になっていた…とかっていうパターンは映画や漫画のストーリーにもあるある(?)ですね…(と思っています)

境界線にもなる窓や扉の存在はとても興味深く、そういったキーワードは今の制作に対するキーワードの中にも含まれていることと思います…!

あの青い猫型ロボットが提供してくれる、どこにでも簡単に行くことのできる「あの扉」が欲しいです…。